夜型人間のひとりごと。

ボリューム多めの他愛もない日記です。

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「戻って来るために、休職させてください。」

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そう言って部長の顔を見ると、どこかほっとした表情をしていた。

「そうだね、上司も売れるようになるって凄く期待していたから、今は自分の身体を大事にして一刻も早く戻って来ることが出来るように頑張ってください。」

――よくそんなことが言えるよね。

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営業をしていて腰を痛めた私は、内勤営業や事務をする部署に異動出来ないか打診をし、叶わず休職という選択をした。

あの日、社内の誰よりも早く退社をした。

夏特有の日の長さ。

この時間でまだ明るいんだ、という少し特別な気分を味わうことが出来たのは、皮肉にも今年はこの日が初めてだった。

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会社を出て帰宅をする時、ビルの隙間から見える有名な電波塔を横目にゆっくり駅まで歩くのが好きだった。

遅くまで仕事をすることをきっと知らないであろう、酔っ払って歌なんかうたっているサラリーマンの群れを避けるようにして信号待ちの交差点でその電波塔を見る。

「お疲れ様」

オレンジの光の中佇んでいる。

東京の中で温かいなあと感じる一部分。

見守られて帰っているようで、とても嬉しかった。

でもその日は戦力外通告をされたような気分で、とてもそれを見ることは許されないと思った。

何だか、恥ずかしかった。

涙が出そうだった。

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『あなたはまだ、経験があまりおありでないようですので、秋以降の転職をオススメします。』

このままじゃダメだと一念発起し、PCに向かって転職エージェントに登録した私に届いたメールにはこんな文言。

「…いや、そんな数か月社会に出たくらいでこんなに仕事無くなる?」

思わず声に出してしまった。

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たった4か月。

社会に出て、仕事をした。

それなりに、頑張った。

腰を、痛めた。

部署異動をしようにも人員充足で出来なかった。

―たった、それだけ。

働きたくないだとか、辛いだとか。

そんな理由じゃない。

そんな甘えていない。

何か、悪いことでもしましたか?

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こんなことでめげてはいけない。

こうやってくよくよしている間にも世の中の新卒はみんな、それぞれのステージで経験を着々と積んでいる。

私だけ取り残されるわけには、いかない。

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翌日から様々なエージェントに登録し、片っ端から話を聞きに行った。

「こんなにしっかりした求職者って、本当に見ません!すごいですね、面接に行けばすぐに決まると思いますよ、頑張りましょうね!」

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当たり前だ。

嫌になって辞めたんじゃない。

どれだけこの決断をするまでかかったと思っているんだ。

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求人票の中から応募し、面接を受けに行った。

転職理由も、自分の経歴も、何でも話せた。

物を売りに行くわけじゃない。

自分の話をしに行くだけ、企業に合わせて志望動機を作ればいいだけ。

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――ピッ。

『残金42円』

またチャージしないと。

毎日の移動で1万円はあっという間に消えた。

この生活をあとどれだけすれば楽になれるのか。

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8月も最終週。

現在出た内定は3つ。

本命を金曜日に控え、緊張しながら毎日を過ごしていた私に、父さんからLINE。

「ご飯でも行かない?」

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こうやって、父さんとご飯を食べに行くことにもすっかり抵抗がなくなり、相談にも沢山乗ってもらえるようになった。

思えば、会社を決めたきっかけは、父さんのように営業がしたいと思ったから。

そんなに一緒に住んだ記憶はあるわけではなく、就活中に初めて相談をした。

営業をしようと思う、と伝えた私に厳しいよ、と答えた父さん。

厳しかったら父さんに相談すればいいでしょ、と言うと大丈夫なの、と言いながら少し嬉しそうな顔をした。

 

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『アポが取れない』

『電話で担当者が捕まらない』

『思ったように商談ができない』

夜遅くに仕事を終え、電車内でLINEをすると、すぐさま電話が来た。

毎回切って、『ごめん、電車』と返す。

こんなに遅いのか、ちゃんとご飯は食べているのか。

心配しすぎなほどに心配のLINEが来て、時にはYouTubeのURLを貼ってきて、飛ぶと明日はきっといい日になるのMVだったりして。

不器用な父さんなりの励まし方に涙が出て。

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「仕事を、辞めたい。」

そう言って実家で泣いた私に、まだ父さんが働いているから大丈夫、自分のやりたいことを見つけるまで実家に帰ってきてもいいんだよ、と言った。

絶対にすぐ仕事を見つけると誓って東京に向かう新幹線に乗り込んだ。

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父さんと食事をして、電車の時間に間に合うよう改札を通った。

すると、

「はい、母さんと父さんから。お昼代と交通費にしなさい。」

3万円を差し出され、受け取れないと首を横に振る私の少し開いた鞄の隙間にねじ込まれた。

「これくらいしかしてやれないから。頑張りなさい。」

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父さんと別れホームに着き、ねじ込まれた3万円を財布に入れ直した。

財布が、重かった。

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家に着き、封筒にその3万円を入れ、マスキングテープで封をした。

このお金は使えない。

これを、そっくりそのまま返そう。

両親の気持ちが痛いほど嬉しくて、苦しかった。

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そんな私も、転職先が決まった。

希望職種に就くことができる。

あの内定の連絡がきた吉祥寺のカフェのアイスロイヤルミルクティーの味は、一生忘れないだろう。

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休職してすぐは、目の前が真っ暗で、このまま仕事が出来ないのではないかと思った。

しかし、今目の前に光がある。

転職活動をする上で、初めは仕事なんてないのではないか、雇ってくれるところなんてないのではないかと小さくなっていた。

しかし、どこの面接に行っても褒めてくれる企業担当者がいて、私は可能性を狭めたのではなく、逆に何でも選ぶことができる権利を得たのだと分かった。

前向きに頑張れないときの方が多い私。

でも、今回の転職活動を通して、自分の市場価値は捨てたもんじゃないなと感じた。

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Twitterで新卒が辞めた、転職活動をしているというツイートを見ては安心していた。

全国に辞める人なんて沢山いる。

ずっと転職を逃げだと思っていたが、逃げではない。

次の、「合う」職場を探すためにそういう選択をしただけなんだと、

もしも同じ境遇にいる人がいたら伝えられたら良いと思う。

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♥Hinata♥